「一週間前だよ、突然うちに来て、帰ることになったから引っ越すってね」
放心状態の私に気をつかったのか、大家さんは心配そうにこちらを伺っている。
「突然困ると言ったらね、来月分も払うってぽーんと出してくれてね。こちらとしちゃありがたかったけど、まさかねぇ・・・、おや奥さんどうするんだい?大丈夫かい」
ふらふらと部屋を出て階段を降りて行く私を、大家さんは突然呼止めた。
「こんな時に、何なんだが、合鍵とかあったら返してもらえんかね」
子供を抱いたまま、必死にバックをかき回し、鍵をみつけると渡した。
「まあ、気を落とさず、反省して帰ってくるかもしれんし」
慰めともつかない言葉を聞きながら、私は無意識に家へと急いだ。
息子は泣き疲れて、私の肩でよだれをたらして眠っている。
どう帰ったのか記憶にないくらい、茫然と家にたどり着いた私は、かすかな期待を持って玄関を開けた。
家の中はしんとしている。35年ローンで購入したこのマンションも手放さなくてはならないだろう。
お腹をすかせてむずがる息子に、急いで離乳食を食べさせながら、これからのことを頭で逡巡する。
何故、気付かなかったのだろう、携帯に電話してもつながらないことが何回もあった。アパートに電話しても……。
気付かなかった私が馬鹿としか言いようがない。
放心状態の私に気をつかったのか、大家さんは心配そうにこちらを伺っている。
「突然困ると言ったらね、来月分も払うってぽーんと出してくれてね。こちらとしちゃありがたかったけど、まさかねぇ・・・、おや奥さんどうするんだい?大丈夫かい」
ふらふらと部屋を出て階段を降りて行く私を、大家さんは突然呼止めた。
「こんな時に、何なんだが、合鍵とかあったら返してもらえんかね」
子供を抱いたまま、必死にバックをかき回し、鍵をみつけると渡した。
「まあ、気を落とさず、反省して帰ってくるかもしれんし」
慰めともつかない言葉を聞きながら、私は無意識に家へと急いだ。
息子は泣き疲れて、私の肩でよだれをたらして眠っている。
どう帰ったのか記憶にないくらい、茫然と家にたどり着いた私は、かすかな期待を持って玄関を開けた。
家の中はしんとしている。35年ローンで購入したこのマンションも手放さなくてはならないだろう。
お腹をすかせてむずがる息子に、急いで離乳食を食べさせながら、これからのことを頭で逡巡する。
何故、気付かなかったのだろう、携帯に電話してもつながらないことが何回もあった。アパートに電話しても……。
気付かなかった私が馬鹿としか言いようがない。
夫と連絡がとれなくなったのは突然だった。
単身赴任で大阪にアパートを借りたのは半年前、それから週1回はこちらに帰ってきていた。
それが、煙のように消えたのだ。
1歳半の息子を小脇にかかえて、大阪のアパートを訪ねたときには、部屋はもぬけのからだった。
どうしてだろう?
私が悪かったのだろうか?私が仕事の都合で、大阪についていかなかったのが悪かったの?
途方に暮れて、がらんとした部屋でへたりこんでいると、息子が急に泣き出した。
泣きたいのはこっちの方だ。
どうして私ばかりこんな目に会うの?
真っ赤な顔で泣いている息子を、あやして抱っこする余裕も私にはなかった。
きっと大きな声が外まで聞こえたのだろう、大屋さんが不思議な顔をして、玄関から覗き込んでいた。
「あんた、武藤さんの奥さんかい?」
その六十過ぎくらいの、人の良さそうな大屋さんには、部屋を借りるときに一度会っている。
「いや、変だと思ってたんだよ、女の人がいつも泊まっていてね、奥さんは確か小さな赤ちゃんを連れていたのに、泣き声のひとつも聞こえなかったしね」
大家さんは、気の毒そうな、それでいて興味津々の表情で、こちらを覗き込む。
知らなかったのは私だけのようだ。
私は思わず身を震わせて、息子を胸にかき抱き、必死に頭を撫でてあやした。
私にはもう、この子しかいない。
単身赴任で大阪にアパートを借りたのは半年前、それから週1回はこちらに帰ってきていた。
それが、煙のように消えたのだ。
1歳半の息子を小脇にかかえて、大阪のアパートを訪ねたときには、部屋はもぬけのからだった。
どうしてだろう?
私が悪かったのだろうか?私が仕事の都合で、大阪についていかなかったのが悪かったの?
途方に暮れて、がらんとした部屋でへたりこんでいると、息子が急に泣き出した。
泣きたいのはこっちの方だ。
どうして私ばかりこんな目に会うの?
真っ赤な顔で泣いている息子を、あやして抱っこする余裕も私にはなかった。
きっと大きな声が外まで聞こえたのだろう、大屋さんが不思議な顔をして、玄関から覗き込んでいた。
「あんた、武藤さんの奥さんかい?」
その六十過ぎくらいの、人の良さそうな大屋さんには、部屋を借りるときに一度会っている。
「いや、変だと思ってたんだよ、女の人がいつも泊まっていてね、奥さんは確か小さな赤ちゃんを連れていたのに、泣き声のひとつも聞こえなかったしね」
大家さんは、気の毒そうな、それでいて興味津々の表情で、こちらを覗き込む。
知らなかったのは私だけのようだ。
私は思わず身を震わせて、息子を胸にかき抱き、必死に頭を撫でてあやした。
私にはもう、この子しかいない。







